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カート
JA ($)
犬山城 - Trip To Japan - Trip To Japan
愛知県
犬山城
4.4
(18103)
Castle
Tourist Attraction
Historical Place
Point Of Interest
Establishment
Hours
日曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
月曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
火曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
水曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
木曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
金曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
土曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
Phone
+81 568-61-1711
Website
inuyama-castle.jp
The area
Address
日本、〒484-0082 愛知県犬山市犬山北古券65−2
Hours
日曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
月曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
火曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
水曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
木曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
金曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
土曜日: 9:00 AM – 4:30 PM
Phone
+81 568-61-1711
Website
inuyama-castle.jp
What other travelers are saying about 犬山城
あなたは、もう行ったのか?日本最古の現存する天守、犬山城!もちろん、国宝です。天守の上層階にのぼって、眺めれば、気持ちは、城主、そのものです!近くは、木曽川や犬山城下町の古い町並み、田んぼなど、濃尾平野を一望です。天守の建築の構造や見どころにも注目して下さい。室町時代の天文6年(1537)頃に織田信長の叔父・信康が築城したといわれています。489年も前のお城ですよ!荒波の歴史を乗り越えて、すごいですね!令和8年3月1日から一般入場料が550円から1,000円に改定されますよ。開場時間は、9時〜17時(16時30分最終入場)です。天守にトイレはないので、入場門入ってすぐ右手にありますから、済ませて行きましょう。駐車場横の観光案内所にもトイレはありました。
Nearby attractions to see
左
右
INAX博物館
水源公園
どん
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よくある質問
名古屋から犬山城へどうやって行けばいいですか?
名古屋駅から明鉄犬山線を使い、犬山苑駅または犬山駅まで進みます。電車の所要時間は約25分です。犬山園駅から城までは徒歩15分、犬山駅からは徒歩で約20分かかります。城は名古屋市中心部から北へ約25キロメートルの場所に位置しています。
犬山城の中に入れますか?
はい、訪問者は城に入り、最上階の展望デッキに登ることができます。内部には急で狭い木製階段があり、元の建物の複数の階層を通っています。露出した梁、伝統的な部屋、防御要素など、本物の建築要素を探検できます。最上階からは木曾川や周辺の景観、晴れた日には日本のアルプスも一望できます。
犬山城を訪れるのにいくらかかりますか?
犬山城の入場料は大人550円です。子どもや学生には割引料金が用意されています。城の敷地内には修復された門、石垣、歴史的遺物を展示する小さな博物館もあり、入場券で入場可能です。
犬山城を訪れるのに最適な時間はいつですか?
桜の季節は特に人気があり、城下の木曽川沿いに約400本の桜が咲き誇ります。通常は3月下旬から4月初旬にかけてです。城は一年中美しい景色を提供し、季節ごとに異なる景色が楽しめます。ただし、内部には急で狭い階段があり、移動に制限のある方にはいつ訪れるかに関わらず難しいかもしれません。
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観光スポット
愛知県
犬山城
えり
2026/01/19
国宝の5城のひとつで、木曽川のすぐ横の山の上に建っています。日曜日の朝の10時ごろに訪問しましたが、城下町・三光稲荷神社・針綱神社を先に訪問したところ、いつのまにか40分待ちに。まっすぐお城に来るべきだったと反省。天守に入り、垂直とも思える急な階段を登って4階の望楼に。外周を歩くことができて、木曽川や犬山の街並みを楽しむことができます。破風や石落としや魔除けの桃など見どころもいっぱいです。
らいむらいむたん
2026/01/31
電車で近くの駅まで行き、そこから歩いて行きました。歩くのは約10分で、川沿いを歩いて地元の景色を眺めることもできます。 城の敷地内に入ると、城の中に入るのに約30分かかります。いつも長蛇の列ができているので、水と傘を忘れずにお持ちください。小さな城で、頂上からは街の他の部分も見渡せます。 晴れた日にぜひ訪れてみてください。
L
2026/01/12
圧倒的な歴史の重み!国宝・犬山城 自宅から車で45分と、私にとって最も身近な国宝天守である犬山城。何度訪れても、その歴史の深さに感動します。 天守自体は派手なスケール感はありませんが、それが逆に魅力。この城は、現存する国宝天守の中でも最古級の木造天守であり、戦国時代の姿をそのまま残しています。 内部に入ると、急な階段や太い梁など、大規模な改修を受けていない質実剛健な構造を肌で感じられます。まるでタイムスリップしたような、張り詰めた歴史の空気感が漂っています。 そして最大の見どころは、最上階の廻縁からの眺望です。眼下には美しい城下町、そして雄大な木曽川(日本ライン)を一望できます。 戦国の世から現代まで、凛とした佇まいを守り続ける犬山城の「美しさ」と「歴史の重み」をぜひ体感してください!
AN*HF
2025/10/20
日本100名城 No.43 スタンプは城郭内本丸鉄門の2階にて押印可。 応仁の乱の際に、織田伊勢守家が築いた砦を拡張する形で、織田弾正忠家の信康が1537年に築城した事に始まる。この際に、現存する天守の2階部分まで造られたとされる。 本丸の背後は木曽川によって守られる後堅固の構えとし南方向へ、杉の丸・樅の丸・桐の丸・松の丸を連郭式に並べた縄張りで築城される。 信康が加納口の戦いで戦死すると、子の信清が城主となる。同じく織田弾正忠家の信長が織田伊勢守家の信賢と対立した際には信清は一貫して信長方に着くものの最終的には信賢の旧領地を巡り対立。桶狭間の戦いで信長が実質的に尾張の権益を持つようになった後にも抵抗を続ける。しかし信長が小牧山城を築き入城。圧迫を加えられた周辺武将は次々に信長方に加わり、当城も落城。(信清は甲斐国へと逃れ、武田家の許で庇護を受けるた際には姓を「犬山」とした) その後は重臣の池田恒興が城主となっており、美濃と尾張の国境に接する当城が、美濃攻略の上で重要拠点となった事が伺える。 その後、信長の五男の勝長が入城するなどした後に本能寺の変が起こり、信長の次男の信雄が入城。 しかし、小牧・長久手の戦いの際に信雄が奇襲を仕掛けられ当城は豊臣方に奪取される。この際、奇襲をしかけたのは奇しくも池田恒興であった。こうして、当城は豊臣方の最前拠点として小牧山城の徳川方と対峙する。 小牧・長久手の戦いが豊臣秀吉の実質的な勝利に終わると、秀吉の養子、秀次の領地となり実父の三好吉房が城代となる。その秀次が謀反の疑いをかけられ切腹すると、譜代の石川貞清が城主となる。 関ヶ原の戦いの際には、岐阜城と共に西軍の拠点となり、稲葉氏や竹中氏らが附属されるものの、多方が調略により東軍に移ってしまう。一方で城主の貞清は西軍として関ヶ原に参じ敗北(貞清自身も上記の調略の際に東軍に寝返り西軍の情報を流していたものの、関ヶ原本戦で西軍離脱の機会を失い西軍として参加せざるを得なかったとする説もある)。 貞清自身は助命されるものの隠棲する事となり、城主は小笠原吉次へと移る(ちなみに貞清は晩年に幕府家人に返り咲いている)。 その後は徳川家譜代の平岩氏が城主となった後、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となる。現在の天守3階及び4階部分はこの正成により増築されたもの。 江戸時代を通して成瀬家の居城としてあり続けるも明治期に入ると天守を除き殆どの建物が破却されるものの天守そのものは2004年に至るまで成瀬家により所有され続け、世にも珍しい個人所有の天守であった。現在は、財団法人犬山白帝文庫の所有となっている。 現存する天守はそれほど大きくはないが、東面正面には入母屋破風、3階の南北には唐破風、4階には華頭窓が付されており意匠的で国宝となるのも納得がいくというもの。 野面積の天守台石垣は最大5mあり、これもまた見所である。 しかし、天守以外の遺構が殆ど明治期に破却されており、現存物が極端に少なくまた、縄張りも窺い知れない事は非常に残念。 城好きにとってはやや物足りない部分もあるかもしれないが、天守は戦国時代から江戸時代にかけての様々な歴史に絡んできておりそれらの生き証人であり、見飽きる事なき美しさであり、この為に来る価値のあるもの。また、天気が良ければ天守4階からは、岐阜城や小牧山城が眺められ、前述した歴史に浸れる貴重な空間となる。 時間があれば木曽川対岸側から眺めてみるのも一興である。
剛一
2026/01/24