2026.2.22訪問。
土の城ですが、昭和の感覚で本丸に全く根拠のない模擬天守を作ってしまった城跡。この城跡の価値は土塁と空堀と小牧長久手の戦いにおけるストーリー。空堀は素晴らしい。小牧長久手の戦いにおいて城で留守居をしていた丹羽氏重が守備兵200〜300人しか居ないのに岡崎城に向かう7,000人(後詰3,000人)の池田恒興軍を挑発し、攻められ全滅。結果として家康軍が池田軍に追いつくターニングポイントとなっています。流石に200人強では守り切れません。
天文7年(1538年)丹羽氏清によって築かれた。 織田信長と徳川家康が同盟を結ぶと、丹羽氏は織田信長と結び、信長死後は徳川家康と結んだ。
天正12年(1543年)小牧・長久手合戦では当主丹羽氏次は家康の本陣である小牧山城へおもむき、岩崎城は弟の丹羽氏重が守った。 膠着状態となった合戦の裏で、秀吉の部将池田恒興が一軍を率いて岩崎城下を抜けて家康の本城である三河国岡崎城を目指して進むと、氏重は城兵三百余人でこれを迎え撃ち玉砕した。
現在は模擬天守があり空堀、土塁等は残っています。
小牧・長久手の戦いでは、家康側についた城主の丹羽氏が、方面から岡崎を目指した羽柴方の行軍を阻止ししようし、300名で7000人と戦い落城。
しかしこの時間稼ぎで、家康本隊が追い付き、その後の戦闘に影響を与えた城です。
天守閣は模擬天守ですが、城感増しなかなか見応えが有ります。
本物の遺構も、結構残っていますが、そのそも本丸周辺はあまり大きな城では無かったので、比較的短時間で、見て回れます。
無料の駐車場が有り、模擬天守の展望塔と歴史資料館も無料で入れます。
岩崎城は、駐車場方面から行くと、空堀にも降りる事ができる遊歩道があったり、二の丸馬出には水琴窟があったり、土塁の跡や井戸跡なども見る事が出来ます。
そして、反対側からは、岩崎城と書かれた大きな石碑をバックに、階段を少し登った所に門と天守がそびえるかっこいい作りとなっています。
門をくぐると、漏れなく四方八方からやられ放題となる枡形も備えており、小ぢんまりとしていますが、楽しむ要素満載のいいお城でした😊
歴史的には、岩崎城歴史記念館の資料によりますと、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と織田信雄・徳川家康連合軍が戦った「小牧・長久手の戦い」において、16歳の城代丹羽氏重が奮戦した「岩崎城の戦い」のおかげで、戦(いくさ)において徳川方勝利のきっかけを作った城とも言われています。(政治的には信雄が秀吉に丸め込まれたので、どっちが勝利という事は難しいですが…)
そんな岩崎城や、その周辺の歴史を、岩崎城歴史記念館および岩崎城内で学ぶ事が出来ます。
他の場所ならそれぞれ500円ずつくらいは入場料がかかりそうですが、なんと無料です😳
しかも、御城印も他のお城なら300円以上するところ、岩崎城の場合は200円でした。
なんて良心的なお城なんだ!
堀がきれいに残っている🦈~
素晴らし🐬~
あと、入館料も駐車場も無料なのは助かる🦈