箱根は、箱根火山の40万年の地質の歴史があり、火山の雄大な風景を楽しみながら岩石や火山地形を観察して火山の形成を学ぶ「箱根ジオパーク」に認定されています。他のジオパークさんはジオパークで市や町を盛り上げようと言う意気込みを感じますが、箱根は東京近郊の年間3,000万人の観光客が訪れる国際観光地の余裕が感じられます。
「金湯山 早雲寺」さんは、小田原北条氏の祖である北条早雲さんの遺言により2代の氏綱が建立した臨済宗大徳寺派の名刹で、本尊は釈迦如来になります。
県道732号の旧東海道から惣門より早雲寺に入ると、苔むした雰囲気の良い道を歩くことが出来て、本堂の左手には小田原北条五代のお墓もあります。
今回は、北条幻庵聖地巡りで幻庵作と伝わる枯山水を見に来ました。
幻庵(1500年初頭〜1585年頃(最新の研究))が作った庭園を、江戸時代の寛文期(1660年頃)に再建(アレンジ)されたみたいです。
彼は幼少期に、箱根神社の別当を務め、僧だったので高い教育を受けました。
それにより教養も高く、更にはかなり手先も器用だったので、石造り、一節切(尺八の前身)鞍も作れてどれも一流レベルだったそうです。
小田原久野の屋敷跡にある、園池も幻庵作と伝わっています。
12月頭に訪問しましたが、秋の終わり冬の始まりを感じ、四季折々が楽しめるのも、ここの魅力の一つと感じました。
また別の季節に訪問したいです。
日帰り温泉に行く途中で久しぶりに寄ってみました。今回知ったのですが、秀吉の小田原城攻めの際はここを本陣にしたそうです。なんか秀吉らしいいやらしさを感じますが、お寺の雰囲気はそれを消し去るほどの落ち着きと静寂な佇まいをか持ち出していました。もちろん北条五代のお墓をお参りして帰りました。なかなかの歴史のロマンを感じさせてくれます。
門をくぐった先の建物には「拝観謝絶」と張り紙があります。夜間閉まっていた門が日中は開いており、門をくぐるのを妨げる様子はないので、北条五代の墓を見学する分には問題ないと思います。
早雲スポット。
御朱印はしていないようです。
看板から抜粋:
天正18年(1590)4月5日豊臣秀吉は箱根山を越え早雲寺に入り本陣とした。6月下旬石山一夜城が完成すると火を放ち、当時関東屈指の禅刹として威容を誇った早雲寺の伽藍、塔頭寺
院は尽く灰燼に帰したのである。
7月 5 日北条氏が降伏し、同11日には氏政、氏照が切腹。
氏直は高野山に追放され、翌天正19年11月4日逝去している。
なお北条一門では、伊豆韮山城主であった氏規(氏政の弟)が秀吉に許されて河内狭山城主(約1万石)となり(狭山北条氏)、
鎌倉の玉縄城主であった氏勝が家康の傘下に入り、下総岩富に
1万石を与えられ(玉縄北条氏)、この両家の家系は、江戸時代を通じて存続している。
早雲寺の再建は、当山 17世菊径宗存によって永はじめに始まるがその復興に北条両家の外護は欠かせないものであった。
北条五代の墓は、狭山北条5代当主氏治により寛文12年(1672)
供養塔として建立されたものである。