靖国通りを歩いていて、ふと思い立ち参拝しました。
境内に入ると、都心にいることを忘れるほど静かで、自然と背筋が伸びるような、荘厳な空気を感じました。
参拝のあと、戦地から家族へ宛てた兵隊さんの遺書を読みました。
そこに書かれていた言葉を目にすると、遠い歴史の出来事としてではなく、一人ひとりに大切な家族がいて、愛する人がいて、その人たちにもう一度会いたいと願いながら亡くなっていったのだということを、改めて考えさせられました。
胸が締めつけられるようで、とても悲しい気持ちになりました。
この日は多くの方が訪れていましたが、境内では皆さん静かで、マナーを守って参拝されていたのも印象的でした。
こういう場所では、周囲の人たちの振る舞いからも自然と影響を受けるものなのかもしれません。
私自身も「美しい態度で、静かな気持ちでお参りしよう」と思いました。
さまざまな考え方や歴史がある場所だと思います。
それでも実際に足を運び、そこに残された一人ひとりの言葉に触れ、手を合わせることで感じるものがありました。
訪れてよかったと思います。
都会の中心で感謝をさけぶ
荘厳かつカジュアル。
とても世界有数の大都会の真ん中とは思えないほどの空間だが、明治神宮ほど深い森ではなく気軽に参拝をすることができる。
いのちを繋ぐ大切さ、今を生きる喜び。
そのあたりまえを有難きことだと再認識する場所だと理解しました。
市ヶ谷から行くとショートカット気分。
九段下から行くのが正規ルートというふうに感じました。
おみくじやお守りなど神社としての機能はバッチリあるので、人生の転機が訪れる際はぜひ。
「国家のために一命を捧げた人々」の御霊を慰めるために、明治天皇の思し召しによって明治2年に建立された招魂社を前身とするお社。巨大な一の鳥居をくぐり、広くて長い参道を歩き、最後の中門鳥居をくぐった先に、とても立派な拝殿があります。
ご由緒によると、お祀りされている英霊は戊辰戦争以降の246万6千余柱にも及ぶとのこと。今こうして平和に暮らせていることを考え拝殿の前に立つと、心からの感謝の気持ちで自然と深く頭が下がります。
千代田区九段北。1869年創建。主祭神は御国の英霊。1853年以降の国事殉難者や対外戦争の戦没者を祀ります。
前身は1869年に明治天皇の勅許で建てられた招魂社。幕末から維新にかけて起きた戦乱の殉難者の御霊を慰める目的でした。1879年に靖国神社に改称し、以降は日清・日露戦争や大東亜戦争などで殉じた人々の御霊が祀られるようになりました。
ここには、軍人・軍属だけではなく、従軍看護婦や軍需工場で犠牲になった学徒、さらには軍馬や軍用犬など、身分や勲功、性別といった区別なく、一律平等に祖国に身を捧げた人たちを祀って後世に彼らの事績を伝えています。
靖国神社の存在は周辺国を巻き込んだ議論となります。私も、かつての日本の対外戦争を肯定、ましてや美化する気は全くありません。しかし、国の号令のもとで失われた多くの命に哀悼を捧げ、不戦の誓いを新たにする場として靖国神社は後世に残すべきであると思います。
特別な神社なのかなと気後れしていましたが杞憂でした。来て良かったです。
語彙力無く表すならば、大きい広い静かな神社
歩道橋を渡る手前の高灯篭や銅像、大きいなぁと思いながら参道に入ると目に入って来るのが第一鳥居、巨大さに圧倒されます
その後の像や狛犬等も一回り大きい
拝殿も立派、厳かです
テレビで良く見るソメイヨシノの標本木、博物館の遊就館、奥の方の神池庭園と見所もあります
余談ですが、この日は午後から訪問、第一鳥居から拝殿までずっと逆光。綺麗な写真を撮るなら早めの時間が良さそうです