赤レンガと白い石のコントラストが非常に美しく、門司港レトロ地区の中でもひときわ気品を感じさせる建物である。
1912年に建てられた歴史の重みがあり、かつての国際貿易港としての威信が外観からもしっかりと伝わってくる。
内部は吹き抜けの広々としたロビーになっており、開放感とともに当時のモダンな造りをじっくりと堪能できる。
展示室で税関の歴史や密輸阻止の活動について学べるのが興味深く、単なる観光スポット以上の深みを感じる。
2階にある展望室から眺める関門海峡の景色や、跳ね橋「ブルーウィングもじ」の眺めが格別で、贅沢な時間を過ごせる。
2026.06初訪問♪
吹き抜けの広々としたエントランスホールが素敵な空間でした!
短冊とペンが用意されており七夕飾りに願いを掛ける事もできました^ - ^
2026.06平日訪問
昔ながらの建物で無料観覧できます。中にカフェもあります。
関税についての掲示やワシントン条約違反の物品展示があります。
2020年3月関門海峡周遊船から撮影
当時の国際貿易港だった門司の税関跡
現在は展示室やカフェ、展望室等がある
赤レンガ造りの瀟洒な建物が当時の面影を残していた
門司港レトロのみどころのひとつ。展示内容というより、個人的には、建築物そのものの空気感を味わう場所だと思っています。
門司の税関の歴史は、1889年、門司港が国の特別輸出港に指定されたことに伴い、長崎税関の出張所として始まりました。1901年には貿易額で長崎港を上回り、国内有数の貿易港へと成長したことから、1909年に独立した税関として発足したそうです。
現在の庁舎は、初代庁舎焼失後の跡地に、1912年、二代目庁舎として建てられたものです。三代目となる旧合同庁舎へ移転するまでの約15年間、実際に税関として使用されていました。大戦景気に沸くこの時代、1916年には外国貿易の出入港船舶数が全国一となり、門司は神戸・横浜と並ぶ三大貿易港の一角に数えられるまでになります。そう考えると、この庁舎も、相当に慌ただしい日々を見てきたのだろうと想像してしまいます。役目を終えたあとは民間に払い下げられ、太平洋戦争中には空襲を受け、倉庫として使われていたそうです。
現在の姿に復元されたのは平成に入ってから。明治期の赤レンガ建築として評価が高かったことから、北九州市が建物を買い取り、往時の姿がよみがえりました。正直なところ、私は赤レンガ建築の善し悪しを語れるほどの知識はありませんが、明治建築界の三大巨匠の一人とされる建築家・妻木頼黄(よりなか)が関与した、現存する数少ない建築物のひとつであると聞くと、その価値にも、少しだけ腑に落ちる気がします。妻木が関わった現存建築には、横浜赤レンガ倉庫や神奈川県立歴史博物館、近場では山口県政資料館などがあるそうです。
一階の税関広報展示室では、税関業務の概要や、過去の麻薬・覚醒剤の密輸手口、コピー商品やワシントン条約該当物品など、輸入が禁止・制限されている物品の展示を見ることができます。門司港レトロの、どこかのんびりした観光気分とは対照的に、「金の密輸は必ずばれる」といった、妙に強いメッセージのポスターが掲げられており、そのギャップが旅の途中のスパイスになりました。
なお、同じ建物の中にフルーツを使ったスイーツを提供するカフェが併設されています。