素晴らしいです。300円払うと、入り口でとても巨大な線香をいただいて、観音様の仏像の前に挿します。観音様の裏口から入れます。
アンドロイド観音が講義をするスペースがありました。
大きな観音像の中に入ることも出来、十二支にちなんだ像が並んでいます。
入口で入場料を払うと、太い線香をもらえたので、お香代と称してるのでしょう。それを香炉にさして、礼拝場で拝みます。他の寺院では別に線香代を払わなければならないので、ここはとても良心的に思えました。
その線香を持ってはしゃぎながら写真を撮るのは、マナー違反だと思います。
外の大きな白い菩薩様はとても優しいお顔でした。
なんか長い坂を登り入館料を払って御釈迦様を見たけど大きくゆうだいでとても感動しました。やっぱり京都は素晴らしいと思いました。
霊山観世音菩薩は、阪急 京都河原町駅の南東1.2kmほどの京都市東山区 高台寺下河原町に建立されています。
臨済宗建仁寺派の高台寺(こうだいじ)の隣です。
参拝時間8時40分〜16時で、入場料は大人300円です。
昭和30年(1955年)に大東亜戦争(1937〜1945年)で没した約200万人の日本兵を慰霊するため、帝産オート(現・帝産観光バス)社長の石川博資氏によって建立されました。
元々この土地は旧陸軍が京都忠霊塔の建設を予定していましたが、敗戦によって計画を主導していた第十六師団が消滅して頓挫したため、空地になっていた場所でした。
当初は180尺(55 m)もの高さを計画していましたが、景観への懸念から反対意見があり、現在の高さ(24m)に変更しました。
昭和30年(1955年)6月8日に開眼法要を行い、全国から約2万人の遺族がつめかけ、終日5万人の参拝客が足を運びました。
建設当初は「財団法人霊山観音会」が運営していましたが、昭和32年(1957年)に「宗教法人霊山観音教会」を設立し、財団法人から宗教法人へと移管しています。宗派を超えて参拝しやすくするために単立としていますが、宗教行事では臨済宗建仁寺派の高台寺の僧侶が勤めています。
当初は日本兵の戦没者を慰霊するための施設でしが、昭和32年(1957年)には「第二次世界大戦無名戦士之碑」、昭和43年(1968年)には衆議院議員の赤城宗徳・船田中らによって「韓国人犠牲者慰霊碑」、平成4年(1992年)には「京都府原爆死没者慰霊碑」が建立され、慰霊の対象が拡大しています。
彫刻家の山崎朝雲によって原型が作成された白衣観音坐像で、高さ約24 m、総重量約500 tにも及びます。顔の部分だけでも6mもあります。
観音像の背後には「霊牌殿」があり、ここに戦死者の位牌が納められています。「霊牌殿」は観音像が建設される以前の昭和20年(1945年)の時点で完成していたことが明らかになっています。