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石上神宮 - Trip To Japan
奈良
石上神宮
4.5
(4277)
Shinto Shrine
Tourist Attraction
Place Of Worship
Association Or Organization
Point Of Interest
Establishment
最終更新日: 2026/05/29
Hours
日曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
月曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
火曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
水曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
木曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
金曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
土曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
Phone
+81 743-62-0900
Website
www.isonokami.jp
概要
住所
日本、〒632-0014 奈良県天理市布留町384
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左
右
法隆寺
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矢田寺
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大見岩神社
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浮御堂
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よくある質問
石上神宮の歴史的な意義は何ですか?
石上神宮には注目すべき遺物はありますか?
訪問者は展示物を見ることができますか?
石上神宮の建築様式は何ですか?
石上神宮で開催される重要な祭りにはどのようなものがありますか?
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営業時間
日曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
月曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
火曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
水曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
木曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
金曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
土曜日: 5:30 AM – 5:00 PM
電話番号
+81 743-62-0900
ウェブサイト
www.isonokami.jp
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旅行者のレビュー
石上(いそのかみ)神宮と読むそうです。絶対に読めません(笑)。駐車場は、30台程駐車出来る広さです。鳥居横にもありますが、御祓い待ちのようです。鳥居からニワトリの鳴き声と姿を見る事が出来ます。烏骨鶏のようです。これは、庭鶏です(笑)。人に良く懐いていて参道を歩いていると後をチョコチョコと付いてる歩いて来ます。カワイイ(笑)。流石奈良です。鹿だけでは、有りませんでした(笑)。ペット同伴は、可ですが、抱いて歩きました。本殿山門内で御朱印を戴けます。参拝後 更に奥へと歩を進めますが、工事中らしく関係者の邪魔になりそうなので中止(笑)。禁足地から剣が出たとの事でしたのでその場所を確認したかったですが残念でした(笑)。
yoshi totoro
2026/03/09
石上神宮(いそのかみ) 無料駐車場が、国道沿いの看板の先にある場所から、鳥居のすぐ側まで併せて4カ所あります。 由緒書きには、布留山(標高266メートル)の北西麓の高台に鎮座し、境内はうっそうとした常緑樹に囲まれ(奈良県指定天然記念物)、神さびた自然の姿を今に残しています。北方には布留川が流れ、周辺は古墳密集地帯として知られています。 「由緒・歴史」 日本最古の神社の一つで、武門の棟梁たる物部氏の総氏神として古代信仰の中でも特に異彩を放ち、信仰されてきました。 総称して石上大神と仰がれる御祭神は、崇神天皇7年に現地、石上布留の高庭に祀られました。古典には「石上神宮」「石上振神宮」「石上坐布都御魂神社」等と記され、この他「石上社」「布留社」とも呼ばれていました。 平安時代後期、白河天皇は当神宮を殊に崇敬され、現在の拝殿(国宝)は天皇が宮中の神嘉殿を寄進されたものと伝えています。 中世に入ると、興福寺の荘園拡大・守護権力の強大化により、布留川を挟み南北二郷からなる布留郷を中心とした氏人は、同寺とたびたび抗争しました。戦国時代に至り、織田尾張勢の乱入により社頭は破却され、壱千石と称した神領も没収され衰微していきました。しかし、氏人たちの力強い信仰に支えられて明治を迎え、神祇の国家管理が行われるに伴い、明治4年官幣大社に列し、同16年には神宮号復称が許されました。 かつては本殿がなく、拝殿後方の禁足地を御本地と称し、その中央に主祭神が埋斎され、諸神は拝殿に配祀されていました。明治7年菅政友大宮司により禁足地が発掘され、御神体の出御を仰ぎ、大正2年御本殿が造営されました。 「御祭神」 石上神宮の御祭神は、神剣に宿る神霊として祀られる以下の三柱が中心です。 布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ) 神武天皇の東征を助けたとされる神剣「韴霊(ふつのみたま)」の霊威。国土平定に偉功をたてられた神剣「韴霊」に宿られる御霊威を称えて布都御魂大神と申し上げます。 韴霊とは、古事記・日本書紀に見える国譲りの神話に登場される武甕雷神(たけみかづちのかみ)がお持ちになられていた剣です。 またその後では、神武天皇が初代天皇として橿原宮にて御即位されるのに際し、無事大和(奈良県)にご到着されるのをお助けになられた剣でもあります。 神武天皇は御即位された後、その御功績を称えられ、物部氏の遠祖 宇摩志麻治命(うましまじのみこと)に命じて宮中にてお祀りされました。第10代崇神天皇の7年に勅命によって、物部氏の祖 伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が現地、石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)にお遷ししてお祀りしたのが当神宮の創めです。 布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ) 死者をも蘇らせると伝わる十種神宝(とくさのかんだから)に宿る神霊。 天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)に宿られる御霊威を称えて布留御魂大神と申し上げます。 天璽十種瑞宝とは、饒速日命(にぎはやひのみこと)が天津神から授けられた十種の神宝で、それらには〝亡くなられた人をも蘇らす〟というお力が秘められておりました。 後に饒速日命の御子 宇摩志麻治命(うましまじのみこと)がこの神宝を用いられ、初代天皇と皇后の大御寿命(おおみいのち)が幾久しくなられることを祈られました。これが鎮魂祭(みたまふりのみまつり)の初めになります。その後宮中で韴霊と共にお祀りされていましたが、崇神天皇7年に韴霊と共に現地、石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)に遷されました。 布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ) 素戔嗚尊がヤマタノオロチを退治した天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)の霊威。 記紀神話に見える、素戔嗚尊が出雲国(島根県東部)で八岐大蛇を退治されるのに用いられた天十握剣(あめのとつかのつるぎ)に宿られる御霊威を称えて布都斯魂大神と申し上げます。 「配祀神」 宇摩志麻治命(うましまじのみこと) 饒速日命(にぎはやひのみこと)の御子で、当神宮祭主物部氏の祖神と仰がれています。 御父饒速日命が天津神より授けられた天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)を受け継ぎ、その瑞宝のお力を用いて鎮魂(みたまふり)の神業(かむわざ)を行い、初代神武天皇に忠誠を尽くしました。 忠誠を喜ばれた天皇は、命を武臣の首座に任ずると共に、韴霊の祭祀も司らせられました。 五十瓊敷命(いにしきのみこと) 第11代垂仁天皇の皇子で、第12代景行天皇の御兄にあたられ、当神宮の神庫(ほくら)の管理を掌られました。晩年にはその職掌を御妹の大中姫命(おおなかつひめのみこと)に譲られようとするも、手弱女(たおやめ)の身ゆえと辞退された為、その管理は物部十千根大連(もののべのとおちねのおおむらじ)に委ねられることとなりました。 白河天皇 第72代の天皇で、歴代天皇の中でも特に当神宮への崇敬が厚く、永保元(1081)年には宮中の神嘉殿を当神宮の拝殿として寄進され、神門を改築し勅使を遣わされ、寛治6年(1092)には上皇として親しく行幸されました。毎年10月の当神宮の例祭の渡御(とぎょ)はこの時より始まったといいます。 市川臣命(いちかわおみのみこと) 第5代孝昭天皇の皇子の後裔、米餅搗大使主命(たがねつきおおおみのみこと)の御子です。当神宮社職の祖で、第11代垂仁天皇の御世には既にご奉仕になっており、御子孫は布瑠宿禰(ふるのすくね)と称し、祭主物部連(もののべのむらじ)に副って永く祭祀にご奉仕されました。 ・摂社「出雲建雄神社」 ・国宝 摂社 出雲建雄神社拝殿 三種の神器の一つ草薙剣の荒魂とされる出雲建雄神を祀ります延喜式内社です。 天武天皇の時代に神主が見た夢の託宣に基づき、霊石(八つ岩)のあった場所に建てられたと伝えられています。 元来は内山永久寺の鎮守の住吉社の拝殿でしたが、大正3年に現在地に移築されました。 内山永久寺は鳥羽天皇の永久年間(1113~18)に創建された大寺院でしたが、神仏分離令により明治9年に廃絶しました。その後も鎮守社の住吉社は残されましたが、その住吉社の本殿も明治23年に放火によって焼失し、拝殿だけが荒廃したまま残されていましたので、当神宮摂社の出雲建雄神社の拝殿として移築しました。従ってこの建物は内山永久寺の建物の遺構として貴重なもので、国宝に指定されています。 建立年代については、はじめは保延3(1137)年に建立され、その後13・14世紀に2回の改築により現在の構造・形式になったと考えられています。 末社「猿田彦神社」 江戸時代には、祭王御前・山上幸神・道祖神社などと呼ばれ、現在地よりさらに東の山中にお祀りされていましたが、 明治10年に現在地にお遷ししました。その後、 明治43年に内山永久寺の鎮守社であった住吉社の御祭神を合祀。 主祭神:猿田彦神 配祀神:底筒男神、 中筒男神、 上筒男神、 息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)、 高靇神(たかおかみのかみ)。 摂社 天神社・七座社 天神社には、高皇産霊神・神皇産霊神の二座を、七座社には、生産霊神(いくむすびのかみ・中央)・足産霊神(たるむすびのかみ・生産霊神の右)・魂留産霊神(たまつめむすびのかみ・生産霊神の左)・大宮能売神(おおみやのめのかみ・足産霊神の右)・御膳都神(みけつかみ・魂留産霊神の左)・辞代主神(ことしろぬしのかみ・右)・大直日神(おおなおびのかみ・左)の七座をお祀りしています。 両社の九座は、 生命を守護して下さる宮中八神に、 禍や穢を改め直して下さる大直日神を併せてお祀りしたもので、 当神宮の鎮魂祭と深い関係があり、 上古から御鎮座になっていると伝えられています。 江戸時代には、天神社は天神御祖神殿・八王子殿など、七座社は長庄神殿などの名で呼ばれていました。 重文「楼門」 棟木に記されている墨書によると、鎌倉時代末期、第96代後醍醐天皇の文保2年(1318)に建立されたことが知られ、重要文化財に指定されています。 往古は鐘楼門として上層に鐘を吊るしていましたが、明治初年の「神仏分離令」により取り外され売却されました。 二重の正面に掲げてある木額の「萬古猶新(ばんこゆうしん)」の字は、明治・大正の元老として有名な山縣有朋の筆によるものです。 国宝「拝殿」 第72代白河天皇が、当神宮の鎮魂祭のために、永保元年(1081)に宮中の神嘉殿を寄進されたものと伝えられています。建築様式の区分では鎌倉時代初期の建立と考えられます。いずれにしても拝殿としては現存する最古のものであり、国宝に指定されています。 「本殿」 御神体である神剣「韴霊」が禁足地の土中深くに祀られているという伝承があったため、明治7年8月に当時の大宮司 菅政友が官許を得て調査したところ、多くの玉類・剣・矛などが出土すると共に神剣「韴霊」が顕現され、伝承が正しかったことが証明されました。 その後、明治43年から大正2年にかけて神剣「韴霊」を奉安するために本殿を建立し、この折に禁足地を北側に拡張、そして当時拝殿西隣にあった神庫を禁足地内の南西の隅に移築して、現在の状態に整えられました。 神剣「韴霊」が顕現された地点は本殿と拝殿との間で、現在大きな石を置いて標示してあり、神剣と共に出土した玉類などは、その多くが重要文化財に指定されています。 「禁足地」 「納」「奉」と刻まれた石柱2本を注連縄で結んだ形は、一般的な木製鳥居とは違い、神聖な神域(御神体)と外界を別け、ここから先が神域であることを示す“結界の目印”。 古来より本殿を持たず、本殿が造営される以前は禁足地が御神体であり祭祀対象でした。禁足地は現在も「布留社」と刻まれた剣先状石瑞垣で囲まれ、昔の佇まいを残しています。
山の中、由緒ある立派な神社をお参り。有名な七支刀が収蔵されているそう。 建築群の中でもとりわけ、廃寺から移設されたという摂社が美しいです。細く繊細な造り、格子窓から光が透ける様子が素晴らしい。しかし、唐破風の屋根だけが重すぎて少し浮いています。
神話の息吹を感じる日本最古の古社。 新緑と神鶏たちに癒やされる特別な空間 日本最古の神社の一つとして知られる「石上神宮」へ参拝に訪れました。 一歩境内に足を踏み入れると、生い茂る木々に囲まれた大きな鳥居が迎えてくれ、一瞬で心が洗われるような厳かな空気に包まれます。 訪れた時期はちょうど新緑が美しく、木漏れ日と青空、そして格式高い朱色の拝殿とのコントラストが息をのむほどの美しさでした。 そして、こちらの神宮ならではの見どころといえば、境内で自由に暮らしている神鶏たち。 色鮮やかで立派な姿のニワトリたちが、木陰や参道をトコトコと歩き回る姿はなんとも微笑ましく、見ていて飽きません。 運良くエサやりの場面にも遭遇でき、穏やかで優しい時間を共有させてもらいました。 国宝に指定されている拝殿の重厚な佇まいや、境内全体に漂う清々しい神気など、まさに歴史と神話の息吹を五感で感じられる素晴らしい場所です。 日々の喧騒を忘れ、背筋を伸ばして自分と向き合いたい時に、ぜひまた訪れたい大切な聖地になりました。
出張のお供で奈良を訪れ、当日の朝ここに行きたいと思って下調べもせずに向かいましたが、第2駐車場にもすんなり停められ、その時から呼んでもらえたんだなぁと言う嬉しい気持ちになりました。 少し歩くと一気に素晴らしい空気感の木々に囲まれ、鳥居を潜ると風鈴の音色に心を癒され、右手の池を通りすぎたら鶏がたくさんいてビックリ‼️石上神宮さんでは御神鶏として大切にされているようです。近付いて写真を撮ったりしても、特にこちらに寄ってくる訳でもなく、見てると愛らしく気品を感じさせる鶏なので怖くはありませんよ。 土曜日だったのもあるのか普段から多いのか、本殿ではたくさんの方が祈祷を順にお待ちでした。 御朱印(300円)、今年は特別な物もあり(700円)、時間もかからず書いて頂けました。 待っていると鈴の御守りもお持ちの方がおられ、その鈴の音にまた心がひかれ私もむすび守りと鈴の御守りを授けて頂きました。 風の強い日でもありましたが、そのお陰様で風鈴の音色が心地よく本当に癒される素敵な時間となりました。
渡邊祐明
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