大多喜町にある夷隅神社⛩️です。鳥居⛩の横の古い「大屋」という建物をあえて入れて撮りました。ここは大屋旅館という江戸時代より続く門前宿なんです。座敷童子でも出そうな雰囲気の宿ですね💦
さて、参道を進んでいきます。
夷隅神社のHPによると〜
『夷隅神社は、天正18年、本多忠勝が大多喜城主として入封し、城下町を整備するにあたり、現在地にあった神宮寺を栗山に移転し、祇園院大円寺から牛頭天王(ごずてんのう)を勧進し牛頭天王社を奉斉したのが始まりです。
牛頭天王は、インドの祇園精舎の守護神と中国の陰陽道とが習合した神が、我が国では更に素戔嗚尊(すさのおのみこと)と習合した神とされ、京都の祇園社八坂神社の御祭神でもあります。
夷隅神社は、明治の神仏分離にともなって、牛頭天王社から夷隅神社と改称され、御祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと) と言われていました。
この度、神社の御屋根改修に当たり、仮社殿に御神体を遷座奉斎するため、本殿内部の調査をしたところ、御神体の台座の中から錦布に包まれた御鏡が発見されました。
御鏡の中央に「素戔嗚尊」(すさのおのみこと) 、右側に「大己貴命」(おおなむちのみこと) 、左側に「稲田姫命」(いなだひめのみこと)と刻印されており、御祭神は三柱の神様であることが判明されました。』とありました。
夷隅神社の境内には昔ながらの水路があります。
案内板には、新丁上宿周辺の雨水をあつめ、神社の杜や社殿・太鼓橋と調和した景観をつくりだしていますと書かれています。
鯉や鮒がいるようなことも書かれていますが、確認できませんでした。拝殿は立派で格式がありますね。さすが、房総の小江戸と言われる城下町大多喜の総鎮守として鎮座する神社です。
拝殿横の案内板には、社殿は、拝殿、幣殿、本殿からなる権現造りですと書いてありますね。
彫刻も素晴らしいです。三柱の御祭神の御神徳は、五穀豊穣、農業・漁業の守護、航海・交通安全、学業成就、商売繁盛、家内安全、厄除開運、病気平癒、及び縁結び、夫婦和合、安産・子育て、国土安全、国家安泰など広範囲の御利益があります。
大多喜の城下町通りに鎮座する、地域の総鎮守的な神社。朝市が立つことでも知られています。
創建年代は不詳ながら、平安中期の再建を経て、戦国期には正木大膳亮時尭の時代に整えられたと伝えられており、大多喜町でも特に格式の高い社です。ご祭神は素戔嗚尊。
現存する社殿は、江戸時代に本殿・常殿・拝殿が段階的に建立されたもので、現在の姿もその流れを汲んでいます。
彫刻巡りで参拝。
作者は不明ですが、拝殿・本殿ともに彫刻が多く配され、見応えのある構成です。向拝の天井絵は退色が進んでおり、現在は詳細な意匠を読み取ることは難しい状態でした。
城下町の歴史とともに受け継がれてきた神社の文化財として、これらの彫刻群が今後も手厚く守られていくことを願います。
(備忘録)
・土曜日の9時過ぎに参拝
・駐車場は神社の裏手に多数停められるスペースあり
・彫刻に見入りつつ、手入れされている境内を歩いた
・ご朱印等はないが、遠くからきても良かったと思える神社
波乗り帰りに立ち寄り。
御朱印も1月1日.2日しか貰えないらしく、何もない平日はひっそりとしてます。
周りも特に何もなく、ちょっと離れた場所にある大多喜城くらいがいいとこ。
本殿の彫刻がとても綺麗で美しかったです。
入口には立派な鳥居があり、水路もあります。
土曜日の11時前に伺いましたが、ほとんど人はいなかったです。
御朱印等もありませんが、大多喜に行った際は訪れてみてはいかがでしょうか!